♪店長ブログ倉庫 2008年10月〜2008年12月♪
2008.12.24
今回のピアノブランドヒストリーは、私が歴代の国産ピアノメーカーの中でも、ベスト4に指定しているメーカーです。今は、上海やベトナムにも工場を置いていますが、少し昔のピアノの中にはかなり良いものがあります。むふふ( ̄ー ̄)。
ピアノブランドヒストリー(国内編) No.8
APOLLOをフラッグシップモデルとする、浜松の東洋ピアノ製造株式会社の発祥の源は、1934年に遡ります。初代社長であった石川隆己氏が、日本楽器および河合楽器で、約10年間修行をした末に、天竜川の東岸の寵洋町で三葉楽器という小さい工場を作りました。このピアノ工場は、終戦間際まで稼動していたと伝えられますが、何しろ戦時中であったために、どのような楽器が作られていたのかは定かではありません。
東洋ピアノの設立は1948年6月10日と記録されており、それ以前、つまり1947年1月に、石川社長は中島飛行機の教官であった大谷藤四郎氏を副社長にして、有限会社東洋楽器製作所を作りました。終戦直後の混沌とした世相の中で、楽器を作って殺伐とした人の心を和らげ、少しでも社会に貢献したいというのが、この二人の目的であったといわれています。
当初の従業員は30名ぐらいで、焼け後を走り回って材料を掻き集め、足らないところは戦時中の貴重な経験によって、いわゆる代用品で補い、低音部の弦などは電線の銅線を巻きつけて、とにかくピアノらしいものを作り上げたそうです。戦後最初のピアノを、他社に先駆けて作り上げる功績を果たしたのです。東洋ピアノ製造株式会社を発足させてからの石川社長の活躍はすさまじく、その後の30年を阿修羅のように働き続けました。この初代社長は惜しくも故人となりましたが、生存中は八面六臂の活躍をされ、部下には極めて厳格で恐ろしい親方だったそうです。気に入らないアクション(車でいうエンジン。カラクリ部分)ができた時には、乾燥炉に放り込んで燃やしてしまったという逸話もあります。
東洋ピアノの工場は、もちろん機械化される部分は充分に設備が整えられていますが、調整の部門に過剰なほどの人員を配置して、音楽的に、また機能的に優れたピアノを作り出す最大の努力をしています。また、最終的な生産部分において、手工的な技術を傾注して、のんびりと作って楽器としての生命を吹き込もうとしています。こののんびり方式は社長の誠実な人格と技術を指導する幹部の心構えによるものであり、利潤追及と能率主義が第一目的とされている今日、珍しいことです。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.12.16
・・・ブタ大好きです。「ブッタとシ○タカブッタ」とか「はれときど○ぶた」みたいなブタのマンガが書きたいです。飼うならミニブタを飼いたいです。でも、ミニブタでもかなり大きくなるようなのでやっぱり飼いたくないかも・・・。そういえば、スタジオジ○リの宮○駿監督も大のブタフリークだそうな。店内にUFOキャッチャーで取ってきた黒いブタのぬいぐるみを置いておいたら、お客様がとても気に入ったようだったのであげちゃいました。ちょっと寂しい気分です。でも、実はまだ家に同じブタのぬいぐるいみの色違い(ピンク)と、そのビッグ(ピッグ?)バージョンがあるんです。ブタはピンクか紅に限ります。・・・うむ。
「飛ばないブタは、ただのブタだ。」
・・・そりゃそうだ。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.12.9
な、な〜んと、この金融恐慌の最中、このピアノ百貨岐阜店はいわゆる対前年同月比というので微妙にですがプラスになりましたよ。奇跡っ!というか、別にここ数ヶ月も調子が悪いことは無かったんですが、世間様がこんなに騒いでいるので、余計に新鮮に感じられました。幸か不幸か、このピアノ百貨岐阜店の勢いが増すにつれて、競合他社からのバッシングも激しくなる模様ですね。以前にも書きましたが、あまりネット上でのお客様のフリをした業者の書き込み合戦を信用しないで下さい。特に当店の場合は私1人(竹島)がほぼ全てのお客様を接客していますので、私1人のことを信用するかしないかの問題です(私が、上手く言えませんが、意見や発言をコロコロと変えることは絶対ありません)。それと、私はこのお店を任されて11月20日で丸2年になったのですが、その間、約240台ほどのピアノを販売させて頂きました。その間、クレームは2件ほどです。ついでに、このページ上のお客様コーナー(岐阜咲楽のものを転載)のお客様のコメントなどについては、私が手を加えたり、注文を出したりしたことはございません。
・・・宜しくお願い致します。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.12.2
私、一年間に約150組ほどの接客致します。その中でごく稀にですが、キラッと光る才能のあるお子様を見付けることがあります。ピアノの講師でもない私がこんなことを言っていても説得力が無いかも知れませんが・・・。少し前は、年齢のわりに指の力があって、しっかりと弾ける印象のあった男の子がいました。この子はかなり良い線いくんじゃないかと思いました。そして、もっと驚いたのが、先週いらっしゃったお客様の中のある女の子。幼稚園の時に少しピアノを習っただけで辞めてしまって、現在、小学校高学年ぐらい。楽譜が読めないのにバリバリ弾ける・・・!楽譜が無いし読めないのに、数曲暗譜しているっっ!なんで?!アンビリーバボッ!
今週は忙しいので、以上(m~ー~)m
↑ このページの先頭へ戻る
2008.11.26
ピアノブランドヒストリー(国内編) No.7
■ALEXANDER HERRMANN (アレキサンダー ヘルマン):福山ピアノ社(東京)
メーカーなどは前述したALEXANDER(アレキサンダー)とほぼ同じ。昭和20年代に新品の生産が間に合わなかった頃、その当時の国産中古ピアノを改装して売り出したもの。MATERIAL MADE IN GERMANYと添え書きがしてあるものが多く、部品の一部にドイツ製のものが使われていたという意味。ドイツにはALEXANDER HERRMANN(アレキサンダー ハーマン)というメーカーがあります(?)。今あるかどうかは不明です。福山ピアノ社が知らずに別物のつもりでALEXANDER HERRMANN (アレキサンダー ヘルマン)という名を付けたのか、偽物のつもりで付けたのかは不明。・・・詳細不明です。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.11.18
豊橋店出張から帰ってまいりました、竹島です。他店に行くといろいろと勉強になります。むふむふ。岐阜店の2倍ほどの面積のショールームを持つ立派な所でしたよん。品揃えもかなり良かったです。岐阜店も負けずにガンバリたいです。久しぶりに少々ピアノのお話を致しますが、かなり前にこの店長ブログ部分で私が気に入っているピアノが東日本ピアノ(故)のFRIEDRICHであると書きましたが、なんと豊橋店に、東日本ピアノ(故)のGERSHWINというピアノがあったのです。ピアノの内部構造に詳しい方ならヨダレものの良い物でした。世界最高のハンマー(LOUIS RENNER STUTTGART)、総アグラフ、除響鳴板、その他いろいろ。完璧でした。別に全てのGERSHWINの機種を見たわけでもない(というか、GERSHWINを見たのは3年ぶり2回目)ですけど、あれはすごかったです。そして、私の超オススメとして、お客様にご購入頂きました( ̄ー ̄)。また、日本伝統のハンマー会社、今出川ハンマー製作所のハンマーを搭載した&除響鳴板のピアノもあり、これも私オススメとして、また別のお客様にご購入頂きました( ̄ー ̄)。・・・私的にご満悦。
そして、今週の金曜(14日)には、伝説の浜松楽器(故)の名器WILSONと、東京藝術大学お抱えメーカーである東洋ピアノ製造のAPOLLOが入ってきます(実はもう1台、NEWSTEINというアメリカ製(?)の小さいピアノが入ってきます)。先週の土曜(8日)に入ってきた、職人気質のフローラピアノ製造(故)のEARL WONDSORもありますし、ピアノ屋冥利に尽きますね。
一方、店舗改装と声高に叫んでいましたが、なかなかこういうのって簡単には決まらないんですね・・・。年内にはどうにかしたいと思います。店周辺の人工芝がビロンビロンですもん(;△;)o 相変わらずの乱筆になってしまいましたo(;△;) でわ。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.11.11
先週は多くのお客様にご来店頂きました。ありがとうございました。不景気の風を撥ね退けるような皆々様の元気、明るさ。素晴らしかったです。話は変わって、私、今頃になって「DEA○H NOTE」にはまっています。最初は、漫画版の方に対する興味は薄く、映画版から興味を持ったのですが、この前、念願かなって漫画版全12巻を大人買い致しました。おもしろいっスねぇ。設定がどうのより、推理・頭脳戦がおもしろいっス。主要なキャラとしてラ○ト、エ○、ニ○、メ○がいるのですが、私の人間性を例えるなら、少しメ○っぽいかも知れません(`∀´)Ψ。話は変わって、私、来週超久々に出張致します(予定)。ピアノ百貨豊橋店にです、はい。今まで、ピアノ百貨春日井店、岡崎店(故)、名古屋店、知立店、那覇店に行ったことはあったのですが、豊橋店は初めてです、はい。店の建て構え、雰囲気、在庫など、それぞれかなり違うので、とてもとてもめっちゃ楽しみです。ということで、今週の土日、岐阜店では私以外の者が接客させて頂きます。一味違った岐阜店をご堪能下さい・・・といった所でしょうか。でわ( ̄ー ̄)。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.11.4
・・・なぜだろう?なぜなんだろう??こんな不景気な世の中なのに、我が店(だけなのか?)の売上台数が対前年比で伸びに伸びています。しかも、予約すら入っています。これも偏にお客様のお陰でございまする。様々な取材に応じて下さったお客様。お客様をご紹介下さったお客様。お客様をご紹介下さったピアノ講師・当店OBの方々。ご家族ご親戚皆でご購入下さったお客様。これからも、この驚異のピアノ専門店「ピアノ百貨岐阜店」を宜しくお願い致しますO(≧∇≦)
・・・というか、書くネタが全く無かったので、送りバント的な文になっちやいやした。
また来週(≧д≦)ノ
↑ このページの先頭へ戻る
2008.10.28
皆様、「流○の絆」、ご覧になりましたか?すごいですねぇ。さすがのクドカン。あぁいうのを才能っていうんですかね、最近のドラマの傾向としてのチャチさはありますが、おもしろいっすねぇ。
それはさておき、我が店舗の中古ピアノの在庫が足りません・・・。お客様からのご紹介などで店内にあるものにも予約が入ってしまって、品切れ状態が頻発しています。この恐慌の最中、販売側としては嬉しい悲鳴なのですが、ご来店される方には残念な思いをさせてしまうかも知れません。もう弾かなくなった古いピアノなどお持ちの方は是非、御一報を。YAMAHA・KAWAI以外のメーカーでも積極的に買い取らせて頂きますよん。
でわ。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.10.21
世界恐慌真っ只中ということで、大規模な広告展開をしても大丈夫なものか少々不安でしたが、予想以上に多くのお客様にお越し頂きました。このピアノ百貨岐阜店の老舗パワー全開でした・・・ウィ○シュ!
広告に、店舗周辺の人工芝部分を改装すると載せましたが、なかなかこういうのに適した業者さんを探すのって大変です。と、憂鬱になっていたら、自分の父親が住宅の外壁関係の仕事をしていることを思い出しました。そのツテでなんとか条件の良い業者さんを探そうと思います。おじいちゃんとコラボ・・・ならぬ、お父さんとコラボでがんばろうと思います・・・ウィッ○ュ! ・・・どうもウ○ッシュ!の使い方がいまいち分かりません。誰か教えて下さいヽ( ´ー)ノ
ウゥ○ィッシュ!
ピアノブランドヒストリー(国内編) No.6
■ALEXANDER (アレキサンダー):大成ピアノ製造(浜松)・福山ピアノ社(東京)・村瀬克己氏
ALEXANDERは、明治12年生まれのピアノ職人、福山松太郎氏が明治末期に千代田区神田小川町に開業した福山ピアノ社で作られていました。また、年代によっては、浜松市和田町にあった老舗、大成ピアノ製造で作られていたこともあります。村瀬克己氏というピアノ技師が関わっていたようです。・・・詳細不明です。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.10.14
・・・やばいっス!やばいっスよ、この仕事、おもしろ過ぎっスよ!自分は、ここのお店を任せられてから来月でマルッと2年になるんです。年間に大体120組のご家族(お客様)とお会いするんですが、本当に同じキャラクターの人がいないんです。明日はまた、全く違う日で違う人に出会ってっていう感じなんです。しかも、古いピアノの買取の話があると、全く見たことも聞いたこともないメーカーのピアノが入ってくることもあり、それについての研究の繰り返し。楽しい。楽し過ぎる。ぐふふっ(¬ー¬)。すいません、危ない微笑みが漏れてしまいました・・・。勝手にいつか、なんでも鑑○団に出ることを夢見る竹島でした・・・。ちなみに、中島誠○助さんは、私の通った日本大学生物資源科学部の大先輩だったりします。「いい仕事してますねぇ」といつかその内言ってみたいです。でわ。
↑ このページの先頭へ戻る
2008.10.7
ついに「3○分探偵」が終わってしまいました。ここ数年見たことのない、シュールなドラマでした。あの発想力は素晴らしいです。あらゆるビジネスに生きてきそうです(?)。しかし、ダイイング・メッセージの「赤」を似顔絵に無理矢理仕立てるシーンは、ここ数年記憶にないぐらい死ぬ程大爆笑しました。・・・あれくらい素晴らしい頭の回転の柔らかさのようなものを身に付けたいものです・・・(/ ̄ー ̄)
↑ このページの先頭へ戻る
>> 最新店長ブログ
>> 2008.12.16
>> 2008.12.9
>> 2008.12.2
>> 2008.11.26
>> 2008.11.18
>> 2008.11.11
>> 2008.11.4
>> 2008.10.28
>> 2008.10.21
>> 2008.10.14
>> 2008.10.07
>> 店長ブログ 2008年 10月〜12月
>> 店長ブログ 2008年 7月〜9月
>> 店長ブログ 2008年 4月〜6月
>> 店長ブログ 2008年 1月〜3月
>> 店長ブログ 2007年